Il Viale del Giardino(mau sac) - Monet
2007 / 03 / 06 ( Tue ) ![]() 木漏れ日に誘われて 小道に足を踏み出した 陽射しが優しい 頬をかすかに撫でるそよ風は暖かくて むせかえるような花の甘い吐息が 辺りを満たしている 聞こえるのは 木々のささめきと小さな蜜蜂の羽音 そして時々思い出したようにゆるく啼く 小鳥のさえずり 考えることが何もなくて 何もないことが心地よくて 永遠に続けばいいと願うような そんな柔らかな午後のひと時 |
Antibes - Claude Monet
2007 / 03 / 06 ( Tue ) ![]() この絵、ものすっごくアルフレッド・ヒッチコックの映画「めまい」で主人公のスコティとマデリンが初めてキスするシーンの場所に似てる。この木と石の感じが…。「めまい」、ヒッチコック作品の中では一番好き。ストーリーがとても良く出来ていて衝撃的で、映像も今観ても斬新。有名な「めまいショット」や、高い所から落ちる時の声や映像が、あの微妙な映像の古さも手伝って怖すぎる…汗。 |
Calla Lillies & Pears, Peaches & Birds (Jennifer Hurley)
2006 / 12 / 28 ( Thu ) ![]() 夏の気配を感じた 洋ナシを剥く手を緩める 果物ナイフを置いたテーブルのガラスが 太陽を反射する そよ風が通り抜けて 開いたままの本からしおりを落とす こんな日が好きだ 庭の緑を眺めながら背伸びをする 子供の頃もっと身近に持っていた感覚が戻ってくる 自然の恵みから安らぎと生気を分けてもらうことや 揺れるマーガレットの長閑さに微笑むこと いつも そんな気持ちを抱いていたい つま先に何か当たる 足元に 倒れた熊のヌイグルミを見つける かがんで両手で抱きかかえ そっと真っ直ぐに置きなおした あと1時間もすれば 娘が帰ってくる 陽射しにも負けないまぶしい笑顔で 今日の出来事を教えてくれるのだろう 木の葉がさわさわと日に揺れている 目を閉じて 優しく包み込む空気に身を委ねる 隣の部屋で 12時を知らせる時計が鳴った ![]() 隣の部屋で 12時を知らせる時計が鳴った 音につられて 隣の男が寝返りを打つ 私はそそくさと身の回りの物を集め 部屋を後にする 外へ出ると 夜気が頬に心地よい もう1軒くらい回るか 無意識に口紅を塗りなおそうとした自分に気づき 苦笑する すれてしまったものだ 私も 10年前の私は 10年後の私がこんなふうに夜の街を歩いているとは想像もしなかっただろう だからといって 「あの頃はよかった」なんてセリフは私には似合わない 「年をとると共に自由になる」 昔読んだ本の受け売りだが 好きな一節だ 消えそうな青いネオンがかかった店の前で足を止め 中に入っていく 薄暗い明かりの下に ぼんやりとオレンジ色の光を返す古びたピアノがある カウンターの席に腰掛け ジンをストレートで頼む 人は年老いていく 街の風景も変わっていく いつのまにか過ぎ去って 戻ってこない時代を懐かしむ時もある 気づいたら こんな街のバーの片隅で一人 酒を飲んでいた やがて 身なりのいい男が隣に座る 私にもう一杯ジンをおごり 二人は話し出す 彼の腕を取って 私は店を後にする 車に乗る時に ふと空を見上げると 深い蒼の空に 星が熱っぽく瞬いていた あの頃だから得られた幸せも 今だから分かる幸せも 全てを抱き続けていたい 車のドアが閉じられるのと同時に 私は煙草に火を点けた 夏の気配を感じた |
Patrick Harper "Blue Tuscany"
2006 / 07 / 26 ( Wed ) ![]() 軽いデジャ・ビュを覚える絵というものがある。これもそんな一枚。 ただ、私の「知ってる」景色では、道の左側も緑の芝生だ。木の下も花ではなく、砂漠に生えている植物のような、まとまって長い緑の葉を伸ばしているようなものが生えている。この絵の構図が、そのまま「私」の視界だ。道の少し先の方には、誰かが立っている。遠すぎて、誰かは確認できない。だが、「私」はそれが誰だか知っている。また「私」は、このあと自分がその人に追いつこうとすること、だが、いっこうに追いつけないことを知っている。がむしゃらに走って、我にかえると、常に、また少し先の方に、その人は立っているのだ。逆に、一層距離が開いていくような気がする。どんどん、その人が見えなくなるほど遠くへ行ってしまうのではないかと、焦燥感が募ってゆく。 その景色だ。どちらかと言えばネガティブなデジャ・ビュだが、それを体験する時、原点にいるような、また、前世の記憶に触れるような、えもいわれぬ懐かしさが心を満たす。写真アートやシュールレアリズムの映像作品などによくそんな景色、雰囲気を見出すため、この頃よく観るようになった。きっと、忘れたと思っている夜の夢や自分の記憶、何かに触発されて自分が連想したものなどがごっちゃになったものなんだろうなと思う。上に書いたことも、将来の夢とその達成への自分の焦燥感と不安を示す情景と思えてならない。どこかで実際に見た記憶は全くないんだけどね。トスカーナに行った事もないし、自分でこれを空想したわけでもない。ただ「知ってる」のだ。 |
Frank LaLumia Acalon "Sunrise"
2006 / 07 / 26 ( Wed ) ![]() ロサンゼルスでは浜辺は歩かなかったのだが、真っ先にLAのビーチサイドを連想させた一枚。ひょっとするとビーチですらないのかもしれないが。マイアミのビーチも少し思い出させるが、あれはもっと広くて、軒並みももっと平坦だった気がある。キプロスはもっと荒涼としたイメージだったし。いまやっと思い出したハワイは、もっと賑やかさと華やかさがあった。初めて降り立った外国の地で見た、街路に並ぶ椰子の木のひねり具合にインパクトを覚えたのかもしれない。今でも青空に聳え立つ椰子の木を見ると、真っ先にLAの様子と当時の私の気持ちや感覚、現地で買ったCDの匂いといったおぼろげな記憶が頭を過ぎる。 |
Isabel Wadsworth "Medici Portal"
2006 / 07 / 26 ( Wed ) ![]() フィレンツェから1時間ほど離れたピサの街では、フィレンツェの街中以上にメディチ家の紋章を見た気がする。有名な斜塔を観に行ったわけだが、その周辺の、迷路のように入り組んだ細い路地を歩き回るのもなかなか面白かった。まさにこの絵のような感じの建物もあり、とても懐かしく思える。 |
Paulette Leethe Dordogneの絵
2006 / 07 / 26 ( Wed ) ![]() 手前の旗はフランス国旗だと思われるが、私がこの景色を見て真っ先に思い出したのは、ドイツのマイセンの街並みだ。丘の上に聳える大きな城を取り囲むように広がる、軽い坂道の古い城下町。本当に長閑で可愛らしく、あの街並みを散策する為だけに、もう一度マイセンに戻ってもいいと思える。城の横にはこじんまりとした教会があり、そこにはデューラーの教会画があるらしい。私と友達が教会に着く直前にちょうど5時を過ぎてしまい、ぎりぎりの所で見逃してしまったが、次回行く時は必ず観たい。その代わり、教会の中から賛美歌が聞こえてきた。古風な城と教会を眺めながら異国で聴く賛美歌は、何とも穏やかで美しかった。そんな街の事を思い出させてくれた1枚。フランスでも、少しパリを外れれば、こういう場所はたくさんあるんだろうな。行ってみたいなぁ。 |
Susan E. Roden "Glass of Innocence"
2006 / 07 / 25 ( Tue ) ![]() 土曜の宵は シェリーで乾杯 音楽はニーナ・シモン 曲は「時の過ぎ行くまま」 You Must Remember This, A Kiss Is Just A Kiss... そこで貴方がダンスに誘う …それからそれから? 星がそばまで降りて来て 足元が雲の上まで昇る 気づけば曲が変わってる グレン・ミラーのムーンライト・セレナーデ やがて二人のグラスが空になる そこに満たすのは紅いチェリー チェリーに口づけを …それからそれから? チェリーの色は 貴方の唇の色に変わり 私は軽く眩暈を覚える 蝋燭の灯りが揺らめいて 甘い味を淡く残したまま 私の口紅と溶けてゆく そしたら世界がその色に染まり始める …それからそれから? |
Julia Margaret Cameron "The Angel at the Sepulchre"
2006 / 07 / 25 ( Tue ) ![]() 彼の人は 百合の花のごとくありて 世を憂いつも 気高く生きし その純潔なる心 常に神と共に在りて その白きに 人は眼を細めん されど美しくは 共に儚くありき 若き彼の人は 神の園へと導きかれり 流るる月日は優しくあれど 哀しくもありき 失わるる記憶に 人は気付かねど 我 未だ彼の人を想いつ ここに哀悼を捧げん |
Degas "The Entrance of the Masked Dancers"
2006 / 07 / 25 ( Tue ) ![]() あらやだ もう出番だなんて! 髪は調えたし 化粧も万全 衣装は合わせたけれど チョーカーが少し小さい気がするわ 私 綺麗にみえるかしら まったく なんて慌しいの ダンスは間違えっこない あんなに練習したんだもの 自分を信じて 踊るだけよ ああでも あんなに大勢の観客がいる 落ち着かなきゃ だってもう 出番は すぐ目の前なんだもの |












